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2010年1月 4日 (月)

井沢元彦の戦乱の日本史

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。この正月休みは、久々に井沢元彦ワールドに浸っております。

 井沢元彦さんは、逆説の日本史で非常に有名な作家さんです。大胆な着想で、従来とは違った視点で日本史を切り取り、歴おばの信託大好きおばちゃんをうならせています。

 井沢元彦の戦乱に日本史は、井沢ワールドの幹のお話というより、枝葉のお話のような気もするのですが、それでも面白い。

 たとえば、毛利元就の三本の矢は、兄弟というか一族の団結を諭す美しいお話のようですが、なんで彼がそういったかというと、元就が敵を倒し成り上がったのは、敵方の団結を謀略を駆使してつぶしたことからのようです。団結の強さと崩れたときの脆さを知り尽くしているからね。

 織田信長が天才だということの事例のひとつとして、大坂湾の海戦で鉄甲船をはじめて使ったからとしています。鉄で船を作るというのは、素人ならではのアイディアらしい。

鉄は重いし、さび付くという問題があるから鉄甲船は使えないと玄人なら考えるそうですが、外洋にでず、火をシャットアウトするという目的に限定すれば最適であり、それに気づいて実行したところが凄いということかな。

 信託大好きおばちゃんが面白いなと思ったのは、徳川の水戸家と徳川慶喜、徳川吉宗のお話です。徳川の水戸家というのは、徳川御三家(尾張、紀州、水戸)のひとつですが、徳川家康は水戸家を勤皇の家(もし、将来、徳川と天皇が対立した場合は、水戸家は天皇に味方し、もし、天皇側が勝ったとしても徳川が生きながらえるようにした)にしようとしたらしい。

 ところで、紀州家出身の8代将軍徳川吉宗は、尾張家の勢力を弱めるために御三卿(田安家、清水家、一橋家)を作った。

 そして、徳川慶喜 彼は、鳥羽伏見の戦いで敵前逃亡をし、散々な評価を得ているですが、元々水戸家の出身で一橋家に養子にでたことにより、将軍となってしまった人物です。徳川家康の考えによると水戸家は勤皇の家だから絶対に将軍にさせてはいけない人物、だけど吉宗が御三卿なんてシステム作ったから、将軍になってしまった。もし、誰が慶喜を将軍にさせたかという責任問題が生じたならば、吉宗が悪いということになる。 などなど。

とっても読みやすいですね♪

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