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2016年12月31日 (土)

実務に活かす! 税務リーガルマインド

 今年も最終日となりました。2017年は㋃くらいまでは本の出版と社会福祉士の試験でわーっとなり、あとはその流れでうだうだと 最後のほうで沈思黙考(やや鬱)状態が続きそのまま越年です。そんな状況でしたので、だいぶ前にいただいていたタイトルの本を拝読することもできず、年末になって紐解きました。

 

 これは、以前からお勉強+執筆つながりの佐藤修二弁護士が編著なさった本です。彼は、華麗なるキャリアを重ねていらっしゃいますが、今の法律事務所の一つ前が国税審判官で、ちょうどそのころ一緒にメトロ(南北線)に乗ったときに、よもやま話で盛り上がった記憶があります。

 

 さて、この著書は 、佐藤さんのご経験とキャラがベースにあるように私は思いました。国税の世界に民間から入ってきて巡り合った事案についてどういう考えでアプローチをしてるかをなんとなく伺っていたからね。

 

税務訴訟は納税者側が勝ちにくいといわれ(確かにそうですが)、最近では、そうでもなくなりつつある。おかみのご威光で押しても、おかみが負ける事例も増えており、この著書では、納税者サイドが勝ったような事例をいくつかのカテゴリーに分類して、簡潔にポイントを押さえて紹介しています。

 

最近は長い立派な判例評釈が雑誌に載っても、誰も読んでないんじゃないのかなと思うこともありますが、このくらいの長さでピシッとポイントを押さえていただければありがたい。ほんとうに問題が起こった場合は、ここで読んだことが記憶のかたすみにあったら、そこから難しい文書に移行すれば時間の物凄い節約にもなりますしね。今のようなクイックレスポンスが求められる社会で、ファーストアンサーを大きく狂わせないためにも価値があるかなと思います。

 

 

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2016年12月27日 (火)

十月桜

 私は、某公園のガイドボランティアを3年くらいやっています。なぜやってるのと時々質問をいただくのですが 広告をみて はっと心に刺さるものがあったからというのが本当の理由。でも続くのですね。なぜか。

 

 季節は冬で公園なんかにでかけても何も見るものないでしょ?と思う方がほとんどだと思いますが、今も公園ではいろいろな自然のイベントを見ることができます。

 

 紅葉はもう終わりなのですが、実は 十月桜という桜が咲き続けています。

十月桜は 10月の終わりくらいから3月くらいまでの期間 長期間にわたって 咲き続ける桜です。 ちっちゃなピンクの花びらです。一つの花が長期間咲き続けるのではなく、こっちの花が咲き、次はそっち、それからあっち という感じです。あまり花のない季節ですので、ご覧になられたお客様方は 感激 写真をバシャバシャ撮ってらっしゃいます。

 

 日本の桜というとソメイヨシノです。桜前線がニュースの話題となり、3月の終わりから4月のはじめにかけ絢爛と咲き乱れますが、あれは、寿命が1週間くらいと短い。それと比較して、十月桜は、厳しい寒さも風の冷たさにも耐え抜いて、ひっそり清楚に花たちがバトンを渡しながら咲き続けます。

 

十月桜のような人生を創り上げられたら。

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2016年12月20日 (火)

大切なのはメッセージを正確に読めるか

 久しぶりのブログです。ずっと早朝から起きているのですが、最近、いろいろ考えていることが多く なんか、動きが鈍い。年なのか。来年になると、さっそくお誕生日がやってきますが。。。

 

 で、タイトル。 人間は今どうなっているかはわかりますし、過去の歴史も記録や記憶でたどることができます。ただ、未来がどうなるかはわからない。 正確に未来が読めたら悩まず生きていくことができますが、これが誰でも難しい。

 

 どうしたら未来が正確に読めることができるのか? 最近思っているのですが、自分の周りにはいろんなメッセージが飛び込んできていて、それらのメッセージの中には近い将来起こる可能性の高いこと、また、自分には知らされていないけど、たぶん自分の少し遠くの周辺でおこっていることが埋め込まれているのかもと思うことがあります。

 

 難しいのは日々、膨大な情報の中から重要なメッセージを掬いだすこと。 受信機があほですから、そのメッセージを受け取ってしばらくの間は意味が全くわからない。または完全に違う方向で想像を含ませていく。

 

だけど、しばらく(一日のこともあれば、数日のこともあれば、もっと時間がかかることもありますが)すると、もしかしたら、これはと思うことがある。というのもメッセージというのはその時限りではなく、過去からのつながりというか物語があってその中の一つなので、過去からのメッセージと思われるものをひっぱってきて、つなげてみて考えると はっとみえてきたりするのです。 そして、ポンと駒を動かす。。 

 

なんとなく、生きていけるのは、常に耳を澄ましてメッセージを聞き取る努力だけは続けたからではないかと。それから、あほな私のためにメッセージを出し続けていただいた方々がいらっしゃるからではないかと。

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