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2018年4月 8日 (日)

やさしい日本語

 日本語教師云々と書いていましたら、 日経新聞の昨日の夕刊でやさしい日本語の記事がトップ面に載っていました。

 

 私自身の経験で、 災害時、外国人に情報を提供するときの日本語のポスターを外国人にもわかるようにやさしい日本語に変換させるという研修を受けたことがあり、とても勉強になりました。いかに、自分の日本語が難しいものかということを認識できたので。

 

 そして、実際に外国人対応のサポートの仕事をしてやっている複数の人から教えてもらったのは、日本で生活する限り、多様な場面で使える外国語の精通者ではなく、やさしい日本語をつかえる人に対する需要があり、実はこれができる人が不足しているそうです。

 

私たちは日本語の中でも自分の生活や仕事環境という狭い世界の中ではスムーズにコミュニケーションができる日本語の中の日本語のような共通言語の世界にひたっているのかもしれれません。それが特殊ということに気づいていないのかもしれません。なんとか生活して、仕事ができるから。でも特殊言語ですから、外国人が聞いたら何をいっているのかわからない。外国人だけでなく、日本人でも、理解できるグループからはずれた人たちからしたら何をいっているかわからない。

 

 共生社会を日本がめざすなら、マルチリンガルな人をいっぱい作るより、やさしい日本語が使える人をいっぱい作る方がいいかもね。

 

 記事にもありますが、 やさしい日本語生活ラインというのがあって 

二重否定は避ける 通れないことはない →通ることができます。

健康保険証 → 病院で使うカード のようなものがあります。

 

これって 弘前大学研究室の資料を基に作成とありますが、 その資料にたどりつけないと見れない特別なものではなく、 誰でもネットにつなげればみれる。わからないときはそれをみて参考にする。また、やさしい日本語というのは偉い先生が部屋にこもって作るものではなく、 そこらの普通の人があーだこーだといいながら作り、時代や状況の変化に応じてフレキシブルに変化させる方がいいような気がします。

 

ウィキペディアのような書き込み可能なサイトを作る。しっかりした管理人とルールが必要であり、長期間の使用に耐えるものにする。そのためにはいっぱいお金がかかります。メンテナンスも含めてね。でも、箱物を無理やり作って予算を消化させるようなことをするよりも、継続的に日本にとって役立つ気もするのですが お金はですね大富豪、中富豪、小富豪の皆様から寄付を募って財団を作ってそこを受け皿にしてやる。

 

これを自分という世界に落とし込むと日本語教師で、日本語を学び、それを教えることにより知識を知恵に転換させて、反省して、またブラッシュアップさせるという位置づけかな。

 

 

いかがでしょうか。

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コメント

健康保険証を「病院で使うカード」なんて言いかえると、診察券と誤認される可能性がある。

かようにやさしい日本語はやさしくない。

また、新しい言葉が生まれる。

「心が折れる」は元国会議員神取忍とビューティ・ペアのジャッキー佐藤戦で生まれた名言。

「ガッツポーズ」はガッツ石松の勝利のポーズから取ったもの。

「目が点になる」は、マンガの技法から取ったもの。

投稿: 通りすがりの人 | 2018年4月 9日 (月) 16時03分

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