四川大地震と国家の品格
今朝の日経は、四川大地震の話で埋められています。
先日、ちらっと信託大好きおばちゃんの実家が神戸であるということを書きましたが、信託大好きおばちゃんは、かの阪神淡路大震災の経験者でもあります。マンションに住んでいたのですが、運がとってもよくって倒壊は免れましたが、部屋の中はめちゃめちゃで、何よりも困ったのは、ドアが開かなくなったことでした。
地震のときの揺れも怖いのですが、もっと大変なのは、その後のインフラが普及するまでの生活です。近くを流れる小川から水を汲んで、生活用水に充てるという日が何日も続きました。お風呂なんか1ヶ月以上、家ではいれませんでしたね。電気は早く普及したのですが、ガスがかなり遅くまで止まっていましたから。食べ物は、いろんな援助物資があったから困らなかったのですが、1週間カップラーメンプラスアルファという生活はあの時だから耐えられたようなものです。
おそらく四川省の今後の復興は神戸の災害の復興よりもはるかに大変な道のりではないかと思います。自分が困った体験をしましたから、同じように困った方々がいらっしゃれば、できるだけのことをしたいという気持ちはあります。といっても異国に住む普通の人ができることはわずかな寄付ぐらいなのでしょうね。
チベット問題が世界的にクローズアップされ、北京オリンピックまであと数ヶ月というこの時期に、チベットのある地域に大地震が起こったというのは、神が中国に与えたもうた試練と思うのは私だけではないと思います。
高原明生東大教授が「少数民族についても中国政府が全力で救出に取り組む姿勢を示すのかはまだ読めない」とコメントしていらっしゃいます。
政府に楯突き、国際世論を味方につけた弱い立場の人たちを、それでも助け、その後のインフラ整備に尽くすかどうか、国家の品格が問われるような気がします。